亜浪忌 (記念日 11月11日)
- 忌日
- 1951年11月11日
- 享年
- 72歳
- 出身地
- 長野県北佐久郡小諸町(現:小諸市)
- 主宰誌
- 俳句雑誌「石楠(しゃくなげ)」
- 創刊年
- 1915年(大正4年)
- 墓所
- 東京都中野区・宝仙寺
「まこと」を俳句の心とし、自然をありのままに観照することを唱えた俳人・臼田亜浪(うすだ あろう)。1951年(昭和26年)11月11日、脳出血のため72歳で亡くなったこの日は「亜浪忌」と呼ばれ、冬の季語にもなっています。長野県小諸町(現:小諸市)に生まれ、明治から昭和にかけて俳壇の独自な立場を貫いた俳人の生涯は、近代俳句史の中でもひときわ骨太な軌跡を描いています。
1879年(明治12年)に生まれた亜浪は、地元の私塾・小諸義塾で学んだのち上京。和仏法律学校(現:法政大学)在学中に、短歌を与謝野鉄幹に、俳句を高浜虚子に師事しました。二つの文学的水脈を同時に吸収したこの経験が、後の亜浪の俳句観に大きな影響を与えることになります。卒業後は「やまと新聞」の編集長として実務の世界に身を置きながらも、句作への情熱は衰えませんでした。
転機となったのは1915年(大正4年)です。俳人・大須賀乙字とともに俳句雑誌「石楠(しゃくなげ)」を創刊し、主宰として俳壇での旗を立てます。当時の俳壇は虚子の「ホトトギス」と、河東碧梧桐が率いる「新傾向俳句」の二大潮流が対立していましたが、亜浪はどちらにも与しない独自の立場をとりました。翌年には「やまと新聞」を退社し、以後は句作に専念します。しかし1918年(大正7年)、志を共にしていた乙字と内紛により決別するという、苦い局面も経験しています。
1945年3月10日の東京大空襲で印刷所が罹災し「石楠」は休刊。西多摩へ疎開したのち、1946年に印刷所を長野市に移して復刊させました。
亜浪が残した句集は「亜浪句鈔」(1925年)、「旅人」(1937年)、「白道」(1946年)、「定本 亜浪句集」(1949年)など。また「一句一章」の理論を著した「形式としての一章論」(1927年)や「道としての俳句」(1942年)といった俳論書も執筆しています。「石楠」からは大野林火、篠原梵、栗生純夫など多くの俳人が育ち、亜浪の俳句精神は後世へと受け継がれました。墓所は東京都中野区の宝仙寺にあります。
参考リンク
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