煙突の日 (記念日 11月11日)

煙突の日
記念日の日付
11月11日
由来
「1111」が煙突4本が並ぶ姿に見えることから
日本への煙突普及期
明治初期(19世紀後半)の産業革命期
日立鉱山大煙突の高さ
約156メートル(1915年完成、当時世界最高)
煙突素材の変遷
赤煉瓦造(明治中期)→鉄筋コンクリート造(明治後期〜)

「1111」という数字の並びを縦に眺めると、細長い筒が4本並んで立っているように見えます。これが「煙突の日」(11月11日)の由来です。4本の煙突がそびえ立つ光景は、かつて日本の近代化を象徴する風景でした。

日本に煙突が本格的に登場したのは、明治初期の産業革命期です。イギリス発の蒸気機関技術が日本に渡り、紡績・製糸・製鉄など各地の工場が次々と稼働を始めると、赤煉瓦造りの煙突が工業地帯のスカイラインを埋め尽くしました。煙突から立ち上る煙は、機械が動いている証であり、工場が生きている印でした。明治後期になるとポルトランドセメントが普及し、鉄筋コンクリート造の煙突が建設されるようになります。

煙突の高さは、排煙を遠くへ拡散させるうえで重要な要素です。高いほど煙は上空の気流に乗り、周辺への影響を抑えられます。この技術的要請が、記録的な巨大煙突の誕生につながりました。茨城県の日立鉱山では、銅の精錬過程で発生する亜硫酸ガスによる農業被害を軽減するため、1915年(大正4年)に高さ約156メートルの大煙突が完成しました。当時の世界最高記録です。レンガを積み上げた構造ではなく、コンクリート製の一体構造という点でも技術的に画期的な構造物でした。

20世紀後半、環境規制の強化と脱石炭・脱重油の流れにより、工場煙突の数は急速に減少しました。かつては「近代化の象徴」だった煙突は、今では「公害の象徴」というイメージと隣り合わせになっています。一方で、産業遺産として保存・活用される事例も増えており、日立鉱山の大煙突も地域のシンボルとして現在も立ち続けています。

11月11日という日付には「ポッキーの日」「麺の日」など、「1」の形を見立てた記念日が数多く集まっています。煙突の日もその一つですが、背景にある日本の近代産業史を知ると、単なる語呂合わせとは違う重みが感じられます。

11月11日の他の記念日

11月11日のカレンダー情報

六曜 赤口
月齢 1.8

11月の二十四節気・雑節

  • 立冬(りっとう) 11月7日(土)
  • 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)