風祭忌 (記念日 11月9日)
- 生年月日
- 1911年(明治44年)10月21日
- 没年月日
- 1999年11月9日(享年88歳)
- 出身地
- 北海道室蘭市(旧・室蘭郡室蘭町)
- 芥川賞受賞作
- 『劉広福』(第19回・1944年)
- 忌日名の由来
- 小説『風祭』(1976年)より
- 読売文学賞
- 『風祭』で第28回受賞
1999年11月9日、作家・八木義徳が88歳で世を去った。この日が「風祭忌(かざまつりき)」と呼ばれるのは、第28回読売文学賞を受賞した小説『風祭』(1976年)にちなむ。北海道の漁村を舞台にした同作は、彼の文学世界の核心をなす作品であり、その名が忌日の呼称として選ばれたことに、後世の文学者たちの敬意が込められています。
八木義徳は1911年(明治44年)10月21日、北海道胆振国室蘭郡室蘭町(現:室蘭市中央町)に生まれました。父は東京帝国大学医科大学を卒業し、町立室蘭病院に勤務する医師でした。義徳は婚外子であり、「八木」は実母の姓です。旧制北海中学に在学中から詩作を始め、18歳で北海道を離れ上京。東京外国語学校(現:東京外国語大学)のロシア語科に入学しました。
卒業後は満洲(中国東北部)へ渡り、満洲日日新聞の記者などを経て本格的な執筆活動に入ります。1944年には短編小説『劉広福(りゅうこうふく)』で第19回芥川賞を受賞しました。戦時下に発表されたこの作品は、満洲に暮らす中国人の生活を描いたもので、記者時代の経験が色濃く反映されています。同じ年代の作品として、出征を前にした兵士の心理を描いた『マリヤの首』(1942年)があり、こちらも代表作のひとつとして知られています。
戦後は満洲での体験を素材にした自伝的長編小説にも取り組み、1973年発表の『私のソ連地図』では戦中の満洲における自らの歩みを描きました。そして1976年の『風祭』、1987年の大作『ユーカラの人々』へと続く晩年の仕事は、北海道という土地への深い眼差しに貫かれています。アイヌ文化をテーマとした『ユーカラの人々』は、彼が生まれた北の大地と向き合い続けた集大成ともいえる作品です。
室蘭という港町で生まれ、ロシア語を学び、満洲で記者として働き、戦後は文学者として生き抜いた。その軌跡は、激動の20世紀をほぼ丸ごと生きた一人の人間の記録でもあります。
11月9日の他の記念日
11月9日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)