花蓑忌 (記念日 11月6日)
- 没年
- 1926年(大正15年)12月1日
- 享年
- 80歳
- 生誕
- 1847年(弘化4年)、松山藩士の家
- 師匠
- 正岡子規
- 俳号
- 鳴雪、花蓑(複数あり)
- 代表句
- 「老いらくの 恋とや人の いふならむ」
「老いらくの 恋とや人の いふならむ 花橘に 風の吹くかな」——この一句を残した内藤鳴雪は、明治・大正・昭和の三代にわたって俳壇を生きた俳人です。1926年(大正15年)12月1日、鳴雪は80歳でこの世を去りました。晩年には自らの生涯を綴った『鳴雪自叙伝』を著し、子規との交遊や俳句修業の日々を後世に伝えています。その忌日は、俳号のひとつ「花蓑」にちなんで「花蓑忌」と呼ばれています。
鳴雪は1847年(弘化4年)、愛媛・松山藩士の家に生まれました。幼少期から漢学を修め、明治維新後は文部省や東京府の官吏として長く勤務しています。俳句との本格的な出会いは、同郷の正岡子規との交遊がきっかけでした。子規より11歳年上でありながら積極的に門に入り、俳句を一から学び直した鳴雪の姿勢は当時の俳壇でも異彩を放つものでした。子規の提唱した「写生」の精神を受け継ぎながら老境に至るまで句作を続け、「松風会」の中心的人物として後進の指導にも力を注いでいます。子規が1902年に35歳で夭折した後も、高浜虚子ら次世代との橋渡し役を担いながら、子規の遺志を継ぐ俳人として俳壇に存在感を示し続けました。
冒頭の句は、老いてなお恋心を詠んだものとして広く知られています。「老いらくの恋」という言葉はこの句に由来するとも言われ、80歳まで生きた鳴雪の闊達な人柄をよく表しています。鳴雪が活躍した時代は、俳句が江戸期の旧派から近代的な表現へと大きく転換した激動期にあたります。その変化を身をもって体験しながら、松山という土地に根ざしつつ東京の俳壇でも存在感を示し続けたその生涯は、明治俳句革新運動を支えた一人の姿を今に伝えています。
参考リンク
11月6日の他の記念日
11月6日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)