馬琴忌 (記念日 11月6日)
- 没年
- 1848年12月1日(嘉永元年11月6日)
- 享年
- 82歳
- 代表作
- 南総里見八犬伝(全98巻・106冊)
- 執筆期間
- 1814年〜1842年(28年)
- 口述筆記者
- 息子の嫁・路(みち)
- 生誕
- 1767年、江戸
失明してもなお、筆を置くことを拒んだ作家がいます。曲亭馬琴——本名・滝沢興邦——は、視力を失った後も息子の嫁・路(みち)に一字一句を口述筆記させながら、生涯最大の大作「南総里見八犬伝」を書き続けました。1848年12月1日(嘉永元年11月6日)、82歳でその生涯を閉じた日が「馬琴忌」です。
馬琴は1767年、江戸の旗本・松平信成の家臣の子として生まれました。若くして読本作家の道を歩み始め、滝沢家に婿入りした後、本格的な著述活動に乗り出します。「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」など多くの作品で人気を博しましたが、最大の代表作となるのが1814年から1842年まで、実に28年の歳月をかけて完成させた「南総里見八犬伝」です。全98巻・106冊に及ぶこの大長編は、里見家の武将・里見義実を中心に、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つの徳を持つ八犬士の活躍を描いた伝奇物語で、江戸時代最大のベストセラーとなりました。
執筆の後半、馬琴は白内障によって視力をほぼ失います。当時70代を超えていた馬琴にとって、それは事実上の執筆断念を意味するはずでした。しかし馬琴は諦めませんでした。息子・宗伯の妻である路が文字を習い始め、義父の口述を懸命に書き留めるようになります。馬琴が語り、路が筆を走らせ、完成した文章を路が読み上げて馬琴が確認する——そうした共同作業によって八犬伝の最終巻は世に送り出されました。路は後に「馬琴の右手」とも呼ばれ、その献身は文学史に残る逸話として語り継がれています。
馬琴の没後、八犬伝は歌舞伎や講談を通じて広く庶民に親しまれ、明治・大正期の作家たちにも多大な影響を与えました。現代でも漫画・映画・舞台など様々なメディアで繰り返し翻案されており、2023年にはNHK大河ドラマ「どうする家康」の時代考証で知られる研究者たちが新訳を出版するなど、今なお読み継がれています。馬琴の命日である12月1日は、不屈の創作意志と、それを支えた人々の絆を静かに思い起こさせる一日です。
11月6日の他の記念日
11月6日のカレンダー情報
11月の二十四節気・雑節
- 立冬(りっとう) 11月7日(土)
- 小雪(しょうせつ) 11月22日(日)