素十忌 (記念日 10月4日)

素十忌
生誕
1893年3月3日(茨城県北相馬郡山王村)
忌日
1976年10月4日(83歳・神奈川県相模原市)
別称
金風忌(きんぷうき)
師匠
高浜虚子(俳誌『ホトトギス』)
俳壇での称号
ホトトギスの四S
主宰誌
『芹(せり)』(1957年創刊)

「ホトトギスの四S」と称された俳人のひとりに、高野素十(たかの すじゅう)がいます。素十忌は、1976年(昭和51年)10月4日に83歳で亡くなった素十を偲ぶ忌日です。「素十忌」のほかに「金風忌(きんぷうき)」とも呼ばれ、俳句の世界では秋の季語に分類されています。金風とは秋の風を意味する雅語で、素十の戒名「山王院金風素十居士」に由来します。

素十は1893年(明治26年)3月3日、茨城県北相馬郡山王村(現:取手市神住)に生まれました。本名は与巳(よしみ)。農家の長男として、利根川とその支流・小貝川に囲まれた田園地帯で育ちます。第一高等学校を経て1918年(大正7年)に東京帝国大学医学部を卒業し、法医学・血清学を専攻。俳句との出会いは、同じ法医学教室の先輩である水原秋櫻子(みずはら しゅうおうし)の勧めがきっかけです。1923年(大正12年)から句作を始め、俳誌『ホトトギス』を主宰する高浜虚子(たかはま きょし)に師事し、虚子の唱える「客観写生」「花鳥諷詠」を忠実に実践しました。昭和初期には秋櫻子・山口誓子(やまぐち せいし)・阿波野青畝(あわの せいほ)とともに「ホトトギスの四S」と並び称されています。

医師としても着実に歩み、1932年(昭和7年)に新潟医科大学(現:新潟大学医学部)助教授に就任。ドイツのハイデルベルク大学に留学した後、1935年(昭和10年)に同大学の法医学教授となります。1953年(昭和28年)に定年退官すると、奈良県立医科大学法医学教授に転じました。1960年(昭和35年)に奈良県立医科を退職し、以降は句作に専念しています。

1957年(昭和32年)には俳句雑誌『芹(せり)』を創刊・主宰し、後進の育成にも力を注ぎました。句集には『初鴉(はつがらす)』(1947年)、『雪片(せっぺん)』(1952年)、『野花集(やかしゅう)』(1953年)があり、晩年には『素十全集』(全4巻、1970〜71年、明治書院)が刊行されています。墓は千葉県君津市の神野寺(じんやじ)に営まれています。

10月4日のカレンダー情報

六曜 先勝
吉日 神吉日、大明日、天恩日
月齢 23.0

10月の二十四節気・雑節

  • 寒露(かんろ) 10月8日(木)
  • 霜降(そうこう) 10月23日(金)
  • 秋の土用(どよう) 10月20日(火)