えんぶり (年中行事 2月17日)
- 開催期間
- 毎年2月17日〜20日
- 開催地
- 青森県八戸市およびその周辺
- 文化財指定
- 1979年(昭和54年)国の重要無形民俗文化財
- 歴史
- 約800年(鎌倉時代初期が起源)
- えんぶり組の規模
- 1組あたり20〜30人、市内外30組以上が活動
雪が残る2月の八戸に、馬の頭を象った烏帽子を被った演者が現れます。頭を大きく前後に振りながら田を均す動作を繰り返すその芸能の名前「えんぶり」は、田をならす農具「えぶり(柄振り)」に由来するとされています。毎年2月17日から20日にかけて、青森県八戸市とその周辺地域で行われるこの伝統行事は、雪深い真冬のさなかに、その年の豊作を前もって祝う「予祝」の芸能です。
起源は鎌倉時代初期にさかのぼります。甲斐の国(現在の山梨県)から南部地方へ移り住んだ南部氏の家臣たちが伝えたとされており、農民の藤九郎が田植え歌を歌いながら農具を手に踊ったのが吉例となって広まったという伝承が残っています。800年以上の歴史を持つ芸能です。
えんぶりの中心となるのは、「太夫(たゆう)」と呼ばれる演者による「摺り(すり)」です。馬の頭を象った烏帽子を被った太夫が舞を行うことを「摺る」と言い、種まきから始まる稲作の流れを一つの物語として表現しています。「摺り始め」で苗代に種を蒔く場面から「中の摺り」の田植え、「摺り納め」で田を均す場面まで、農作業の一年を舞で描き出します。太夫の摺りには拍子のゆっくりした「ながえんぶり」と速い「どうさいえんぶり」の二形式があり、前者がより古い型とされています。太夫の所作の合間には、子どもたちが「えんこえんこ」「松の舞」「えびす舞」などの余芸を披露します。一つのえんぶり組は太夫をはじめ囃子方・唄い手・舞い手など20〜30人で構成されています。
明治9年(1876年)、新政府の方針により青森県から「旧来の悪習」として禁止を命じられた時期がありました。しかし元藩士の大澤多門らが尽力し、明治14年(1881年)に新羅神社の祭礼として復活させることに成功しました。こうした経緯を越えながら地域に受け継がれてきたえんぶりは、1979年(昭和54年)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
現在、えんぶりを担う団体は「えんぶり組」と呼ばれ、八戸市内外で30組以上が活動しています。祭り期間中は市内各所で演じられるほか、複数の組が一堂に会する「一斉えんぶり」といった形式でも行われます。青森ねぶた祭、弘前ねぷたまつりと並んで「青森冬の三大まつり」に数えられており、東北を代表する冬の伝統行事として広く知られています。
2月17日の他の記念日
2月17日のカレンダー情報
2月の二十四節気・雑節
- 立春(りっしゅん) 2月4日(水)
- 雨水(うすい) 2月19日(木)
- 節分(せつぶん) 2月3日(火)