学校給食記念日 (記念日 12月24日)

学校給食記念日
制定者
文部省(現・文部科学省)
起源となった出来事
1946年12月24日ララ物資贈呈式
給食開始対象人数
約300万人(1947年1月〜)
学校給食法制定
1954年(昭和29年)
初回メニュー
クリームシチュー(ネギ・ハクサイ・ダイコン)

脱脂粉乳を溶かしたミルク、クリームシチュー、コッペパン——戦後の子どもたちが給食で口にしたものは、今とは別世界の食卓だった。その出発点は1946年(昭和21年)12月24日、東京・永田町国民学校で行われたある式典にある。GHQ・ララ委員会・日本政府の関係者が立ち会ったこの日、アジア救援公認団体「LARA(Licensed Agencies for Relief in Asia)」から寄贈された食料品の贈呈式が執り行われた。日系アメリカ人を中心に設立されたLARAは、脱脂粉乳・小麦粉・缶詰などを戦後日本に無償で届けており、この日はその象徴的な場となった。贈呈式でのメニューはネギ・ハクサイ・ダイコンを入れたクリームシチューで、子どもたちに振る舞われた。文部省はこの日を学校給食の再出発点と定め、「学校給食記念日」とした。

翌1947年1月から東京都・神奈川県・千葉県で試験的な給食が始まり、対象はおよそ300万人の児童に上った。ただしこの時期は「補食給食」と呼ばれ、家から持参した弁当に添える形が一般的で、栄養補完を主な目的としていた。完全給食への道のりは平坦ではなく、1950年度に文部省が要求した予算はおよそ15億円だったが、大蔵省の査定は5億円に縮減された。

転機となったのが1954年(昭和29年)の学校給食法の制定だ。この法律により、財政力の乏しい地方自治体でも全児童への完全給食を実施できる体制が法的に整備され、現在に至る学校給食の仕組みが確立された。毎年12月24日は冬季休業中にあたる学校が多いことから、1951年以降は1月24日から30日の一週間が「全国学校給食週間」として設けられ、各地で郷土食や食育にまつわる取り組みが行われている。学校給食記念日はその週間の原点として、食料難の時代に子どもの健康を支えようとした人々の記録を今に伝えている。

12月24日のカレンダー情報

六曜 友引
吉日 神吉日、大明日、母倉日、月徳日
月齢 15.1(満月)

12月の二十四節気・雑節

  • 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
  • 冬至(とうじ) 12月22日(火)