ウクライナ独立記念日 (記念日 8月24日)

ウクライナ独立記念日
独立宣言日
1991年8月24日
採択票数
賛成346票・反対1票・棄権3票
国民投票
1991年12月1日(投票率84%、賛成90%以上)
記念日制定
1992年より毎年8月24日
パレード会場
キーウ・フレシチャーティク大通り
過去の独立
1918年にも一度独立を宣言

1991年8月24日、ウクライナ最高会議は賛成346票、反対1票、棄権3票という圧倒的な支持で独立宣言を採択しました。ソビエト連邦の崩壊に先立つこと約4ヶ月、ウクライナはその日をもってソ連から離脱する意思を世界に示しました。

独立宣言に至る直接のきっかけは、同年8月19日に起きたソ連保守派によるクーデター未遂事件です。モスクワの強硬派がゴルバチョフ大統領を軟禁し、改革の巻き戻しを図ったこの事件は、逆に各共和国の独立機運を一気に高めました。ウクライナ最高会議は事件収束から5日後の24日に臨時会議を召集し、独立宣言を採択しています。

宣言だけでは終わりませんでした。同年12月1日、独立の是非を問う国民投票が実施されます。有権者の84パーセントが投票に参加し、そのうち90パーセント以上が賛成票を投じました。ウクライナ国内のどの地域でも過半数が賛成し、独立への民意がいかに広く、深かったかが数字に表れています。この投票結果を受け、1992年から8月24日が国の独立記念日として制定されました。

ウクライナはソビエト以前にも独立の歴史を持つ国です。1918年にウクライナ人民共和国として一度独立を宣言しましたが、内戦とロシア内戦の混乱の中でソビエト体制に取り込まれ、以後70年以上が経過しました。1991年の独立は、その長い年月を経た「再独立」という性格も持っています。

独立記念日には例年、首都キーウのフレシチャーティク大通りで軍事パレードや式典が行われてきました。2021年の独立30周年には大規模なパレードが催されましたが、翌2022年2月にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始したことで、8月24日の意味は大きく変わります。侵攻開始からちょうど半年目にあたるこの日、キーウでは祝賀イベントが禁止され、パレードに代わってロシア軍から鹵獲した戦車や装甲車が大通りに並べられました。独立を守るための戦いが続く中でも、8月24日はウクライナ国民が自国のアイデンティティを確認する日として、国内外で厳粛に記念されています。

8月24日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日
月齢 11.4

8月の二十四節気・雑節

  • 立秋(りっしゅう) 8月7日(金)
  • 処暑(しょしょ) 8月23日(日)