八丈島から南大東島への上陸記念日 (記念日 1月23日)

八丈島から南大東島への上陸記念日

太平洋に浮かぶ絶海の孤島・南大東島は、1900年(明治33年)1月23日まで完全な無人島でした。その日、八丈島から乗り込んだ開拓団が初めて島の土を踏み、人が暮らす島への歴史が幕を開けました。「八丈島から南大東島への上陸記念日」は、この史実を後世に語り継ぐために、八丈島で地域文化活動を続ける「八丈島ふるさと塾」が制定し、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録された記念日です。

開拓を主導したのは、実業家の玉置半右衛門でした。南大東島を含む大東諸島はそれまで全島が無人島であり、明治政府から開拓の許可を得た玉置は八丈島で入植者を募ります。島までの距離は八丈島から約1,157km。「30年後には現地の土地を与える」という約束で集まった人々が、荒波を越えて上陸を果たしたのが1月23日のことでした。南大東島は断崖絶壁に囲まれた地形のため上陸自体が困難を極め、3度目の挑戦でようやく成功したとされています。

南大東島は沖縄本島の東約400km(宮崎県の真南)に位置し、大東諸島の中心的な島です。八丈島からの開拓団はサトウキビ栽培を柱に農業経営を推し進め、学校・病院・売店といった生活インフラも会社が一手に建設・運営するという独特の企業統治体制のもと、島の社会基盤を築きました。北大東島への入植はその3年後、1903年(明治36年)のことです。

一方、送り出した八丈島自体もユニークな歴史を持ちます。江戸時代には流刑の島として知られ、宇喜多秀家ら多くの人物が配流されました。現在は富士箱根伊豆国立公園の一部に指定され(1964年)、気象庁による火山活動度ランクCの活火山でもあります。海から切り立つ地形は、かつて上陸の困難さを物語っています。遠く離れた東京都と沖縄県の島どうしが、120年以上前の開拓という歴史でつながっており、両島では現在も毎年交流会が開かれています。南大東島は近年、豊かな自然を生かした観光地としても注目を集め、開拓者たちが切り拓いた島は新たな顔を見せています。1月23日という日付は、そのすべての出発点です。