閻魔参り・閻魔賽日 (年中行事 1月16日)

閻魔参り・閻魔賽日

年に二度、地獄の釜の蓋が開き、鬼も亡者も責め苦から解放されるとされる日がある。1月16日と7月16日、仏教で「閻魔賽日(えんまさいじつ)」と呼ばれるこの日は、冥界の支配者・閻魔大王の最大の縁日にあたります。

閻魔大王の起源はインド神話の死神ヤマにさかのぼります。世界で最初に死を体験し、死者の国へ向かう道を切り開いた存在とされるヤマが、仏教に取り入れられて閻魔天となり、やがて死後の裁判を司る冥界の王へと変容しました。生前の行いを記した「閻魔帳」を前に、亡者の善悪を裁くその姿は、日本の民衆信仰に深く根を張っています。

毎月16日は閻魔大王の縁日とされていますが、なかでも1月16日(初閻魔)と7月16日は「大斎日(だいさいにち)」として特別視されてきました。「地獄の釜の蓋も開く」という慣用句はここに由来します。この日ばかりは地獄の責め苦が休みになるため、罪人が逃げ出さないよう、煮えたぎる釜に重い蓋を載せるという説もあれば、祖霊が冥界から戻ってくる出入り口が開く日を指すとも伝えられています。正月とお盆という日本の年中行事の節目と重なり、両世界の境界が薄まる時として古くから意識されてきました。

この日に合わせて、各地の寺院にある閻魔堂へ参詣する風習が「閻魔参り」です。東京・深川の法乗院(深川ゑんま堂)には高さ3.5メートル、重量1.5トンにもおよぶ日本最大級の閻魔像が祀られ、縁日には多くの参拝者が訪れます。京都・東山の六道珍皇寺もお盆の時期に閻魔堂を開扉し、十王図や地獄変相図を掲げて死後の世界の様を説き示します。

閻魔賽日にはもうひとつ、世俗の習慣とも結びついた側面があります。江戸時代、商家などに住み込みで働く奉公人は、1月16日と7月16日に休暇をもらい、久しぶりに実家へ帰ることが許されました。これを「薮入り(やぶいり)」といいます。地獄の鬼でさえ仕事を休む日なのだから、奉公人にも骨休みを与えようという発想で、閻魔賽日の精神が庶民の労働慣行にまで浸透していたことがわかります。7月16日は「後の薮入り」とも呼ばれ、お盆との結びつきからより多くの人が故郷に帰る機会となっていました。

冥界の王の縁日が、生者の休暇の根拠ともなっていた。「地獄の釜の蓋も開く」という一言の背後には、死後の世界への畏れと、それを逆手に取って日常に息継ぎの場を設けた庶民の知恵が、重なり合っています。