尖閣諸島開拓の日 (記念日 1月14日)
1895年(明治28年)1月14日、日本政府は閣議決定により尖閣諸島を沖縄県に編入しました。それ以前の約10年間、政府は同諸島を繰り返し現地調査し、いずれの国にも属さない無主地であることを慎重に確認したうえでの決定でした。この日を記念して、沖縄県石垣市が2010年(平成22年)12月に「尖閣諸島開拓の日」を制定しています。
「尖閣諸島」という名称が生まれたのは、閣議決定から5年後のことです。1900年(明治33年)5月、高知県出身の教師・黒岩恒(くろいわ ひさし)が島々を調査し、その尖った地形と、イギリス海軍水路誌に記された「Pinnacle Islands(尖った島々)」を合わせて「尖閣諸島」と命名しました。この調査を依頼したのは、島を政府から無償貸与されていた実業家・古賀辰四郎(こが たつしろう)です。
古賀辰四郎は1896年(明治29年)に沖縄県から開拓の許可を得ると、魚釣島・久場島・北小島・南小島の4島で事業を開始しました。アホウドリの羽毛採取、グアノ(海鳥糞)の採掘、鰹節の製造などを手がけ、事業は急速に拡大。1909年(明治42年)には最盛期を迎え、島内には99戸・248人が暮らしていました。孤島に近い環境で、これほどの規模のコミュニティが形成されていたことは、当時の開拓者たちの苦労を物語っています。その後、1932年(昭和7年)に4島は古賀の嗣子・善次へ払い下げられ私有地となりましたが、第二次世界大戦後の混乱とともに開拓事業は途絶えます。現在、尖閣諸島は魚釣島・北小島・南小島・久場島・大正島など5つの主要な島で構成され、面積は合計約5.56平方キロメートル。いずれも無人島として今日に至っています。