咸臨丸出航記念日 (記念日 1月13日)
1860年(万延元年)旧暦1月13日、江戸幕府の軍艦「咸臨丸」が品川沖を出発しました。日本人の手で操る船が初めて太平洋を横断するという、日本史上でも画期的な航海の始まりです。乗り込んだのは勝海舟(軍艦操練教授方頭取出役)、福澤諭吉、そして通訳を務めた中浜万次郎(ジョン万次郎)ら約98名。目的は日米修好通商条約の批准書交換のためワシントンへ向かう遣米使節の護衛でしたが、同時に幕府が近代海軍の実力を示す機会でもありました。
咸臨丸は木造でバーク式の3本マストを持つ蒸気コルベット。オランダで建造されたこの軍艦は、日本が海外から導入した近代的な蒸気船のひとつです。航海は決して平穏ではなく、太平洋上で激しい嵐に見舞われ、日本人乗組員の多くが船酔いで動けなくなりました。勝海舟が指揮を執り続けたとされますが、実際には便乗していたアメリカ海軍のジョン・ブルック大尉が大きく航行を助けたとも伝わっています。出発から約37日後の旧暦2月26日にサンフランシスコへ入港し、「咸臨丸の日」はその到着を記念しています。
乗組員のひとりであった中浜万次郎は、14歳のとき漂流してアメリカ人捕鯨船に救助され、アメリカで教育を受けた人物です。英語を解する数少ない日本人として咸臨丸でも通訳として活躍しました。彼はアメリカの子どもたちが歌う「ABCの歌」を日本に持ち帰った人物としても知られており、日米文化交流の先駆けといえる存在です。「咸臨」という名は中国の古典『易経』に由来し、君臣が互いに親しみ合うことを意味します。幕府がこの名を軍艦に与えた背景には、将軍と家臣、ひいては国と国との関係を表現しようとした意図があったとも考えられます。往復合計で約1万海里を超えた一連の航海は83日間に及び、日本の近代化の幕開けを象徴する出来事として歴史に刻まれています。