十日戎 (年中行事 1月10日)
毎年1月10日前後の3日間、大阪・今宮戎神社には100万人を超える人々が押し寄せます。参道を埋め尽くす人波、飛び交う大金のお賽銭、そして華やかな着物姿の福娘たち——これが十日戎(とおかえびす)の、大阪が誇る冬の風物詩です。
十日戎とは、七福神の一柱である戎神(えびす様)を祀る神社で毎年1月10日を中心に行われる祭礼のことです。西日本を中心に広く根付いており、商売繁盛・家内安全の願いを込めて参拝する習慣は、江戸時代中期の元禄年間(1688〜1704年)にはすでに現在と同じ形で定着していたとされています。
今宮戎神社の創建は推古天皇の御代(西暦600年頃)にさかのぼります。聖徳太子が四天王寺を建立するにあたり、その西方の守護神として戎神を鎮祭したのが始まりと伝えられています。以来1400年以上にわたり、大阪の商都文化と深く結びついてきました。
祭礼は前日の「宵戎(よいえびす)」、当日の「本戎」、翌日の「残り福」という3日間の構成が基本です。神社によっては前々日から「宵々戎」として4日間行うところもあります。この「残り福」という言葉には、最終日でも福は十分残っているという意味が込められており、後半になっても参拝者の足が途絶えない理由のひとつとなっています。参拝者が授かるのは、縁起物で飾られた「福笹」や「熊手」です。笹には海の幸・山の幸を象徴する小宝吉兆類が結びつけられており、授与後は一年間、店舗や家の高い場所に飾ります。今宮戎神社では1953年(昭和28年)から「福娘」制度が始まり、着物姿の福娘が笹に縁起物を結びつけながら授与する光景が祭りの名物となりました。毎年倍率40倍以上の選考を通過した数十名の福娘が務めます。
商都・大阪ならではの豪快さが現れるのがお賽銭の規模です。今宮戎神社では3日間で数千万円を超えるお賽銭が集まるとも言われており、商売人たちが気前よく大金を投じる姿は全国的にも異例の光景として知られています。毎年100万人以上が訪れる参拝者数も、日本の祭礼の中でも屈指の規模です。
西日本以外ではあまり馴染みがない十日戎ですが、その背景には「戎講(えびすこう)」と呼ばれる商人たちの信仰組織の存在があります。商人同士が講を組んで戎神社に参拝する習慣が、西日本の都市部、特に大阪・兵庫・京都を中心に浸透していきました。1月10日前後に商家が休みを取り、家族総出で参拝するという文化は、今日でも西日本の年中行事として生きています。
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