千円札発行の日 (記念日 1月7日)

千円札発行の日

財布の中の千円札をめくると、野口英世の顔が目に入る。だが現在の顔ぶれが定着するまでに、1000円札は何度も「顔」を変えてきました。その出発点が1950年(昭和25年)2月24日です。

その絵柄は表が聖徳太子、裏が法隆寺の夢殿。終戦からわずか5年、日本はまだ占領下にある時代でした。戦後の猛烈なインフレが日常を直撃し、物価は短期間で数十倍にまで跳ね上がりました。100円札が主流だった貨幣経済では、買い物のたびに紙幣の束が必要になる。そこで大きな金額をまとめて扱える1000円札の発行が急務となったのです。

実は、日本で最初の1000円札はさらに5年さかのぼります。1945年(昭和20年)8月17日、終戦の2日後に発行された紙幣がそれで、表に日本武尊、裏に彩紋が描かれていました。しかし翌1946年の新円切替で旧円紙幣は事実上無効となり、この初代1000円札は短命に終わりました。1950年発行の聖徳太子札はいわば「新生日本」の1000円札として、国民の手に広く渡った最初の高額紙幣でした。

聖徳太子という肖像は、その後も長く1000円札に採用され続けます。さらに5000円札や1万円札にも聖徳太子が使われ、1963年(昭和38年)11月1日に伊藤博文の1000円札が登場するまで、1000円・5000円・1万円のすべてで同じ人物の顔が並ぶという珍しい時代がありました。一人の歴史上の人物が複数の高額紙幣を一手に担った例は、戦後日本の紙幣史の中でも際立った現象です。

その後、1984年(昭和59年)に夏目漱石、2004年(平成16年)に野口英世と絵柄は移り変わり、2024年(令和6年)7月には北里柴三郎を表面に据えた新しい1000円札が登場しました。約75年の間に肖像は5人を数え、裏面のデザインも夢殿から富士山・桜、そして葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」へと時代を反映しながら変化しています。毎日何気なく使う千円札の一枚に、戦後インフレから現代に至る日本経済の歴史が刻まれています。