新年一般参賀 (年中行事 1月2日)

新年一般参賀

1954年(昭和29年)1月2日、新年一般参賀に殺到した群衆が二重橋付近で将棋倒しとなり、16人が命を落とした「二重橋事件」。戦後まもない時代の熱狂を物語る惨事です。

新年一般参賀の起源は、戦前の「新年拝賀式」にさかのぼります。1925年(大正14年)に一時中止されたのち、1948年(昭和23年)に再開。最初の参賀では、宮内庁庁舎の屋上から昭和天皇が一人で手を振るという、現在とはまったく異なる形でした。「バルコニー形式」が始まったのは1951年(昭和26年)のこと。長和殿(ちょうわでん)のベランダで天皇・皇后が参賀者の前に初めてお出ましになり、以来この形式が定着していきました。

転機となったのは1969年(昭和44年)です。1月2日、ベランダに立つ昭和天皇に向かってパチンコ玉が発射される事件が発生しました。通称「昭和天皇パチンコ狙撃事件」です。これを契機に、長和殿ベランダには防弾ガラスが設置され、天皇・皇后をはじめとする成年皇族はガラス越しに国民と向き合うようになりました。参賀者は長和殿前の広場に集まり、日の丸の小旗を振って皇族を迎える——現在の光景はこうして生まれたものです。

近年の参賀者数は、平成から令和への改元を翌年に控えた2019年(平成31年)に約15万4,800人を記録し、過去最多となりました。しかし新型コロナウイルスの感染拡大により2021年・2022年は中止、2024年は能登半島地震を受けて中止と、近年は中断が相次いでいます。参賀への参加には事前の申込みは不要で、当日皇居に出向けば誰でも参加できます。お出ましは午前・午後あわせて複数回あり、各回ごとに天皇陛下がマイクでお言葉を述べられます。