性交禁忌の日 (記念日 5月16日)

性交禁忌の日

旧暦5月16日は「性交禁忌の日」とされており、その根拠は江戸時代の艶本に記された一文です。書物には「房内の禁事を犯すときは三年を出ずして死す」という趣旨の記述があり、この日に性交渉を行うと三年以内に死ぬという強い戒めが示されています。なお、書名はしばしば「えんわまくらざん」と伝えられますが、実際の原本の書名は「艶説枕頗古(えんせつまくらおろか)」とする調査もあり、書名の伝承には混乱がみられます。

艶本とは、男女の性交渉を絵や文章で表現した書物の総称で、春本・笑い本などとも呼ばれます。江戸時代には浮世絵師が手がけた春画が庶民の間で広く流通しており、艶本はその文字版にあたります。歌川派や葛飾北斎など著名な絵師たちも春画を制作しており、当時の性文化を記録した歴史資料としての側面も持っています。また江戸時代には、性交渉をめぐる禁忌は死や病との結びつきで語られることがありました。特定の日・時刻・方位に性交渉を行うと災いをもたらすという観念は、中国古来の陰陽思想や道教的な房中術の影響を受けたものです。こうした禁忌は、単なる迷信というよりも、当時の人々が医学・宗教・暦学を総合的に解釈した生活規範として機能していました。

この禁忌の起源については、平安時代に丹波康頼が編纂した医学書『医心方(いしんぽう)』(984年成立)との関連が指摘されています。同書は中国古医学の知識を集大成したもので、性交渉に関する月や日の吉凶・禁忌についても詳細に記されています。旧暦5月16日という日付そのものに特別な天文・暦学的意味があったかどうかは定かではありませんが、こうした禁忌の発想が大陸由来の医学・占術と結びついていたことは確かです。

現代から見ると非科学的に映るこの禁忌も、江戸時代の人々にとっては真剣に受け止められた知識の一端でした。「三年以内に死す」という強烈な言い回しは、禁忌の実効性を高めるための警告表現として用いられており、庶民の行動規範に影響を与えていたと考えられます。艶本の中に記された性交禁忌は、江戸時代の性文化が単に享楽的なものではなく、独自の禁忌体系と共存していたことを示す興味深い記録です。