母の日 (記念日 毎月第2日曜日、5月第2日曜日)

母の日

1907年5月12日、アメリカのウェストバージニア州グラフトン。アンナ・ジャービスは前年に亡くなった母親の追悼会を開くため、母がかつて日曜学校の教師を務めた教会に白いカーネーションを持ち込みました。母が愛したその花を参列者に配るという、ごく私的な追悼の行為が、世界中に広まる「母の日」の最初の一歩でした。翌1908年5月10日、同じ教会に470人の生徒と母親たちが集まり、正式な形で「母の日」が祝われます。アンナの行動に感動した人々が共鳴し、わずか1年で小さな集いが大きな催しへと育ったのです。その後、運動はアメリカ全土に広まり、1914年にウッドロウ・ウィルソン大統領が5月の第2日曜日を国民の祝日と定めました。アンナが母の命日から7年、最初の追悼会からはわずか7年での公式化でした。

日本への伝来は、アメリカよりも早い段階から始まっていました。1913年(大正2年)、東京の青山学院で母の日礼拝が行われます。アンナ本人から青山学院へメッセージが届き、当時在籍していた女性宣教師たちが熱心に働きかけたことで、日本における母の日の素地が作られました。ただし一般的な定着には時間がかかり、5月の第2日曜日という現在の形が根付いたのは1949年(昭和24年)頃とされています。

母の日の花としてカーネーションが選ばれた理由は、アンナの母が白いカーネーションを好んでいたことに由来します。存命の母には赤いカーネーション、亡くなった母には白いカーネーションを贈るという習慣はアメリカで広まりましたが、日本では色の区別なく赤やピンクのカーネーションが贈られることが多くなっています。贈る側の感謝と、受け取る側の喜びが重なるこの日、その出発点が一人の娘の静かな追悼だったことは、あまり知られていません。