エベレスト日本人初登頂記念日 (記念日 5月11日)
1970年(昭和45年)5月11日午前9時10分、松浦輝夫と植村直己の二人の登山家がヒマラヤ山脈の主峰エベレスト(標高8848m)の頂上に立ちました。日本人として初めてのことでした。この日、二人はどちらが先に頂上を踏むかを互いに譲り合ったと伝えられており、最終的には肩を並べて同時に登頂したといいます。頂上に立った植村は、かつてのロッククライミング仲間で事故死した明治大学山岳部の同僚・小林正尚の写真を雪の中に埋め、友への誓いを果たしました。
この登頂は、日本山岳会によるエベレスト遠征隊として実現したものです。隊は1970年3月にベースキャンプを設営し、段階的に高所キャンプを整備しました。松浦と植村は第1次アタック隊として選ばれ、南東稜ルートから頂上を目指しました。植村は当初、自己分担金を用意できなかったことから荷揚げ要員として参加しましたが、その卓越した体力と技術が認められ、アタック隊に指名された経緯があります。一方、松浦は1934年(昭和9年)生まれの実力派クライマーで、隊内でも中核的な役割を担っていました。
登頂が果たされた1970年は、大阪で日本万国博覧会(大阪万博)が開催されていた年でもあります。「人類の進歩と調和」をテーマに掲げた万博が国内の話題を独占するなか、世界最高峰の登頂成功というニュースは日本中に衝撃を与えました。高度経済成長のさなか、国民が未来に向けて大きな夢を描いていた時代に、地球上の最高点に日本人が立ったという事実は、単なる登山の記録を超えた歴史的な出来事として受け止められました。
記念日「エベレスト日本人初登頂記念日」は、プロ登山家の竹内洋岳氏が日本山岳会および植村直己冒険館の了解を得て制定し、2020年(令和2年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されました。初登頂からちょうど50周年にあたる節目に制定されたこの記念日は、松浦輝夫(1934〜2015年)と植村直己(1941〜1984年)という二人の登山家・冒険家の偉業を後世に語り継ぐことを目的としています。植村は1984年にマッキンリー(現デナリ)冬季単独初登頂を果たした後に消息を絶ち、松浦は2015年に逝去しました。いずれも山岳史に名を刻む人物です。
エベレストはネパールと中国の国境上に位置し、ネパール語では「サガルマータ」、チベット語では「チョモランマ」とも呼ばれています。1953年にエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが人類初登頂を果たしてから17年後、日本人がその頂に初めて立ちました。5月11日はその日付を永く記憶にとどめるための記念日として位置づけられています。