県民ふるさとの日(富山県) (記念日 5月9日)

県民ふるさとの日(富山県)

明治16年(1883年)5月9日、石川県から越中国4郡が分離され、富山県が再び独立した行政区域として誕生しました。この日を「県民ふるさとの日」として制定したのは2013年(平成25年)のことで、置県130年の節目を記念したものです。現在は毎年5月9日に、高志の国文学館・富山県近代美術館・水墨美術館・県民公園太闘山ランドなど、多くの県立施設が無料開放されます。

富山県の前身である越中国は、7世紀末に北陸地方の「越(こし)の国」が三分割された際に成立した。古代には大伴家持が国守として赴任し、5年間の滞在中に223首もの歌を詠んだことで知られ、現在も万葉ゆかりの地として各地に史跡が残る。江戸時代には富山藩が成立し、売薬業(配置薬)が全国に広まった。「富山の薬売り」として今日まで受け継がれるこのなりわいは、県の産業と文化を象徴する存在です。

明治4年(1871年)の廃藩置県を経て、越中国は一時期、石川県に統合された。しかしその後、土木費の配分をめぐる利害対立が深刻化した。富山側が最も切実に訴えたのは治水問題でした。常願寺川・神通川・黒部川など急峻な山岳地帯に源を持つ河川が流域に洪水をもたらし続け、農村は繰り返し甚大な被害を受けた。石川県が道路整備を優先するなかで、富山の民は分県を国へ嘆願し、1883年にようやく独立の県として認められた。

富山県は北に日本海、南に飛騨山脈(北アルプス)を擁し、3000メートル級の峰々から富山湾までのわずか約50キロメートルで標高差が4000メートルに達する。この急峻な地形が豊富な雪解け水を生み、農業・工業・水産業を支えてきた。立山連峰の残雪と富山湾に春の霞がたなびく光景は「富山湾越しの立山」として知られ、その眺望は県民のふるさと意識の核にある。県民ふるさとの日は、こうした歴史・自然・産業の積み重ねを振り返り、ふるさとへの理解と愛着を深めることを目的としています。施設無料開放を通じて、子どもから高齢者まで多くの県民が、文学・美術・自然・歴史に触れる機会が生まれています。