宮古港海戦の日 (記念日 5月6日)

宮古港海戦の日

1869年5月6日、旧幕府軍は新政府軍の主力艦「甲鉄」に乗り込んでこれを奪い取るという奇策に打って出ました。場所は岩手県・宮古湾。甲鉄はアメリカ製の装甲艦であり、旧幕府軍の砲撃ではほとんど傷をつけることができない難敵でした。そこで選ばれたのがアボルダージュ——敵艦に直接乗り移り、白兵戦で制圧する戦法です。近代海戦においては世界でも数少ない事例であり、この戦いは「日本初の洋式海戦」として歴史に刻まれています。

戊辰戦争の終盤、箱館戦争の最中に起きたこの「宮古港海戦」は、海上戦力で劣勢に立たされていた旧幕府軍が起死回生を図った作戦でした。しかし甲鉄の奪取には失敗し、多数の死傷者を出して退却。この敗北が事実上、箱館戦争の雌雄を決しました。同年6月27日に五稜郭が陥落し、1年5ヶ月にわたる戊辰の役に終止符が打たれます。江戸を離れ蝦夷の地に独立国を建設しようとした旧幕臣たちの夢は、宮古の海に砕け散りました。

5月6日が「宮古港海戦の日」として制定されたのは、宮古市の市民有志で結成された「宮古海戦組」の働きかけによるものです。知名度の向上と観光振興を目的に活動を続けるこの団体が日本記念日協会へ申請し、正式に認定・登録されました。宮古海戦組は毎年5月6日前後に記念イベントを行うなど、地域に根ざした形でこの歴史を発信し続けています。宮古市内には海戦の痕跡が今も残り、臨土ヶ浜のお台場展望台入口には「宮古港海戦記念碑」が、湾内を一望できる蛸木山には「宮古港海戦解説碑」が建てられています。幕末の激闘を伝えるこれらの碑を訪れることで、155年以上前の戊辰の歴史をこの地ならではの視点からじっくりと体感できます。