薬の日 (記念日 5月5日)

薬の日

611年(推古天皇19年)5月5日、推古天皇は臣下を率いて大和の菟田野(現在の奈良県宇陀市)へと向かいました。夜明け前に藤原池のほとりに集合し、夜が明けるとともに狩場へ出発した——日本書紀にはそう記されています。これが日本の史料に残る最古の薬狩り(薬猟)の記録です。

薬狩りでは、男性が鹿の若い角を採取し、女性が薬草を摘みました。鹿の若い角を乾燥させたものは「鹿茸(ろくじょう)」と呼ばれ、滋養強壮などの効能を持つ貴重な生薬(漢方薬)として珍重されました。一方、女性たちが摘んだ薬草には菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)など香りの強い植物が多く含まれており、お風呂に入れると疫病や邪気を払い、子どもの成長と健康をもたらすと考えられていました。端午の節句・こどもの日に菖蒲湯に入る習慣は、この薬狩りの伝統が形を変えて現代に受け継がれたものです。

薬狩りの源流は、古代中国や朝鮮半島の宮廷行事にあるとされます。高句麗王室が3月3日に行った狩猟の行事と、古代中国で5月5日に薬草を摘む民間行事が合わさり、推古朝において一つの壮麗な宮廷行事として整えられたと考えられています。この薬狩りはその後も宮廷の年中行事として続き、5月5日は「薬日(くすりび)」と定められました。

「薬の日」として現代に制定したのは全国医薬品小売商業組合連合会(医薬全商連)で、1987年(昭和62年)のことです。5月は「くらしと薬の月間」にも位置づけられており、薬との正しい付き合い方を広く伝える取り組みが行われてきました。なお、医薬全商連は2014年(平成26年)に解散していますが、5月5日が「薬の日」であることは今も変わらず語り継がれています。

菟田野の地、現在の宇陀市は奈良県中部に位置し、万葉集にも「阿騎野」として登場する歴史ある土地です。1400年以上前に天皇みずから薬草を求めて足を運んだこの地は、その後も日本の薬業の発展と深く結びついてきました。5月5日に菖蒲湯に入りながら、その長い歴史の一端に思いを馳せてみるのも一興です。