国府津(こうづ)の日 (記念日 5月2日)
JR国府津駅のホームに電車が滑り込むと、スピーカーから「みかんの花咲く丘」のメロディーが流れてきます。神奈川県小田原市の国府津(こうづ)地区は相模湾に面した温暖な気候で、古くからみかん栽培が盛んな土地です。この駅メロは地域の象徴として長年親しまれており、5月2日は「こ(5)うづ(2)」の語呂合わせに由来する「国府津の日」として、国府津商工振興会が制定し、2022年(令和4年)に日本記念日協会に認定・登録されました。
国府津は歴史の古い地域でもあります。古代には相模国の国府が置かれたとも伝わり、東海道の宿場としても栄えました。1889年(明治22年)には東海道線が開通し、1934年(昭和9年)に御殿場線が分離するまで、国府津は東海道本線と御殿場方面を結ぶ路線の分岐点として交通の要衝を担いました。江戸時代から明治・大正・昭和にかけて、漁業とみかん栽培を柱とした産業が根付き、相模湾沿岸の温暖な気候が豊かな農漁村文化を育んできました。現在もJR国府津駅は御殿場線の起点駅であり、相模湾を望む豊かな自然と歴史の重なるまちとして知られています。
「みかんの花咲く丘」は1946年(昭和21年)8月25日に発表された童謡です。作詞は加藤省吾(1914〜2000年)、作曲は海沼實(1909〜1971年)。戦後間もない時期に生まれたこの曲は、「戦後生まれの童謡の中では最大のヒット曲」とも称されます。
誕生の経緯は慌ただしいものでした。海沼は伊東駅行きの列車の車窓からみかん畑を眺めながら曲を作り上げ、翌日のラジオ放送では童謡歌手の川田正子(1934〜2006年)がまだ歌詞を覚えていない状態で収録に臨みました。海沼が名刺の裏に書き記した歌詞を見ながら歌うという急場をしのいだ放送でしたが、曲は日本全国で大きな反響を呼びました。
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