地図の日(最初の一歩の日) (記念日 4月19日)
55歳で初めて測量に出発し、16年かけて日本全土を歩ききった男がいます。伊能忠敬(いのう ただたか)です。1800年(寛政12年)のこの日、彼は蝦夷地(現在の北海道)の測量へと旅立ちました。その第一歩を記念して、4月19日は「地図の日(最初の一歩の日)」と定められています。
伊能忠敬が測量を始めた年齢は、当時としては「隠居後」にあたります。それまで千葉・佐原の商人として成功を収め、50歳で家業を息子に譲ってから天文学・測量術を学び直した人物です。通常ならば余生を送る年齢から、日本地図の製作という壮大な事業に挑んだ点に、多くの人が驚きと感動を覚えます。
測量の旅は16年にわたり、総歩行距離はおよそ4万キロメートルに及んだとされています。地球一周分に相当する距離を、自らの足で丁寧に刻み続けました。当時の技術的制約のなかで、彼が用いた方法は天文観測と歩測・間縄による実地測量の組み合わせです。現代の衛星測量と比較しても、誤差がきわめて小さいことが後に明らかになっています。
こうして完成したのが『大日本沿海輿地全図』です。「輿地(よち)」とは大地・地球・全世界を意味する言葉で、その名が示すとおり、日本列島を網羅した本格的な実測地図でした。縮尺ごとに大図(36,000分の1・214枚)、中図(216,000分の1・8枚)、小図(432,000分の1・3枚)の三種が作成され、精緻な日本の姿を浮かび上がらせました。この地図は彼の名から「伊能図(いのうず)」とも呼ばれています。
ただし、地図の完成を伊能忠敬自身は目にしていません。彼は1818年(文政元年)に73歳で没し、地図が江戸幕府に献上されたのは死後3年が経った1821年(文政4年)のことでした。事業は弟子たちに引き継がれ、幕府の公式事業として仕上げられています。一人の人間の執念が、国家規模の成果として結実した瞬間です。
4月19日という日付は、忠敬が蝦夷地へ「最初の一歩」を踏み出した日です。地図を眺めるとき、その一枚一枚の背後に膨大な歩数と年月があることを、改めて思い起こさせてくれる記念日といえます。
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