三重県民の日 (記念日 4月18日)
1876年(明治9年)4月18日、安濃津(あのうつ)県と度会(わたらい)県が合併し、現在の三重県が誕生しました。それから100年後の1976年(昭和51年)、三重県はこの日を「三重県民の日」として制定。郷土の歴史を知り、自治の意識を高め、県民の福祉の増進と県の躍進を期する日として位置づけています。毎年4月18日には三重県総合博物館(MieMu)をはじめとする公共施設が無料開放され、県内各地でさまざまな記念行事が催されます。
そもそも安濃津県と度会県はどのように生まれたのでしょうか。1871年(明治4年)の廃藩置県によって、伊勢・志摩・伊賀の各地を管轄する安濃津県が成立しました。その後、県庁が三重郡四日市へ移転したことに伴い、県名は「三重県」へと改称されます。一方の度会県は、伊勢神宮の御膝元である度会郡山田(現在の伊勢市)を中心に、志摩国や南伊勢地域を管轄していました。この二県が1876年の第2次府県統合で一体となり、現在の三重県の輪郭が整ったのです。
「三重」という県名の由来は古く、『古事記』にまで遡ります。ヤマトタケルノミコトが東方遠征からの帰途、疲れ果てた様子を「わが足三重のまかりなして、いと疲れたり」と語ったという記述があり、この地が「三重」と呼ばれるようになったとされています。また、県名変更のきっかけとなった三重郡は現在も四日市市北部に隣接する地域として存在しており、歴史の痕跡を今に伝えています。三重県は面積約5,774平方キロメートル、人口約177万人の県で、東は伊勢湾・熊野灘に面し、西は紀伊山地が連なる地形の多様さが、伊勢神宮・熊野古道・松阪牛・真珠養殖といった多彩な文化と産業を育みました。江戸時代から「お蔭参り」として庶民に親しまれてきた伊勢神宮は、現在も年間800万人以上が訪れる日本最大の聖地のひとつです。県民の日は、そうした豊かな歴史の重みを改めて見つめ直す機会となっています。