桜風忌 (記念日 4月16日)

桜風忌

「酒と泪と男と女」は、19歳の若者が叔父の姿を見つめながら書き上げた一曲でした。それがやがて全国に流れ、昭和のフォーク史に刻まれる名曲となります。その作者・河島英五が2001年(平成13年)4月16日に世を去ったことを悼み、「桜風忌」として語り継がれています。

河島英五は1952年(昭和27年)4月23日、大阪府東大阪市に生まれました。大阪府立花園高等学校在学中の1969年(昭和44年)にフォークソングを始め、卒業後は「ホモ・サピエンス」というグループを結成。京都の自主レーベル・京都レコードからデビューを果たしました。グループ解散後はソロに転じ、1975年(昭和50年)にメジャーデビューを飾ります。

代表曲「酒と泪と男と女」は、作詞・作曲を河島英五本人が手がけ、編曲は宮本光雄が担当しました。この曲が世に広まるきっかけとなったのが、京都・伏見の老舗清酒メーカー・黄桜酒造(現:黄桜)のCMソングへの起用でした。テレビから流れる哀愁あるメロディと、飾り気のない詞の世界観が視聴者の心を捉え、全国的なヒットへとつながりました。19歳の青年が等身大の感情を込めて紡いだ言葉が、世代を超えて聴き継がれることになりました。

ヒット後も商業路線に乗らず、インド、アフガニスタン、ペルー、トルコといった国々をひとりで放浪するなど、独自の活動姿勢を貫きました。その経験は音楽に深みを与え、「野風増」「時代おくれ」「生きてりゃいいさ」といった楽曲群として結実しました。「生きてりゃいいさ」は加藤登紀子に書き下ろしたものであり、作曲家としての才能も広く認められています。

1991年(平成3年)には「時代おくれ」で第33回日本レコード大賞作詞賞を受賞しました。フォーク界における評価が改めて公式に認められた瞬間でした。しかし受賞から10年を経た2001年(平成13年)4月16日、河島英五は48歳という若さでこの世を去りました。

没後、命日に合わせて「桜風忌」と名づけられ、ファンや関係者によって毎年偲ばれています。桜の季節に生まれ、桜の季節に逝った生涯は、彼が紡いだ歌の余韻と重なるように静かに語り継がれています。