反核燃の日 (記念日 4月9日)

反核燃の日

1985年(昭和60年)4月9日、青森県議会の全員協議会において、当時の北村正哉知事は六ヶ所村への核燃料サイクル施設の受け入れを正式に表明しました。この発言をもって県の意思決定が確定したとされ、その後に基本協定の締結、そして施設建設へと手続きが進んでいきます。反核燃の日は、この経緯に反対の意思を示し続けた青森県労働組合が制定した記念日です。

核燃料サイクル施設とは、使用済み核燃料を再処理してウランとプルトニウムを取り出す一連の施設群を指します。六ヶ所村には再処理工場のほか、ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターなど複数の施設が段階的に整備されてきました。国のエネルギー政策における核燃料サイクル構想の中核拠点として位置づけられています。

知事表明の翌月にあたる1985年5月、反対派の市民団体は住民投票条例の制定を求める直接請求を行いましたが、臨時県議会で否決されました。施設の誘致をめぐっては推進側と反対側の双方から様々な主張がなされ、農業関係者や特定政党が反対の中心となった一方、地域振興を期待する声もありました。県が専門家会議を設置した1984年から知事表明までの約8ヶ月の間にも複数回の意見聴取が行われており、六ヶ所村議会が受け入れを了承した1985年1月を経て、最終的に知事が県議会で推進を明言するという段階的な手続きが踏まれていました。反核燃の日は、この一連の意思決定の起点となった日を記憶にとどめるために設けられています。

再処理工場は1993年に着工しましたが、竣工は26回以上延期され、2026年度中の完成を目指している状況です。