北極の日 (記念日 4月6日)
1909年4月6日、アメリカ海軍の軍人・探検家ロバート・ピアリーは、従者のマシュー・ヘンソンとイヌイットの男性4人を伴い、北極点への到達を宣言しました。北極点を目指す挑戦を始めてから実に23年。1886年のグリーンランド探検に始まり、途中で足の指を8本失うほどの凍傷を負いながら、幾度も失敗を重ねた末の宣言でした。
しかし、この「到達」は当初から疑念に包まれていました。同時期に北極点を目指していた医師フレデリック・クックが「1908年4月21日にすでに到達した」と主張し、どちらが本当の一番乗りかという論争が噴出したのです。調査の結果、クックの主張は退けられましたが、ピアリー側にも問題が山積していました。ナビゲーションの技術を持つ隊員がいないにもかかわらず、記録された移動速度が異常に速く、旅程が不自然なほど順調だったのです。アメリカ地理学会が公式にピアリーの偉業を認定したのは、宣言から80年後の1989年(昭和64年/平成元年)のことでした。
さらに後年の詳細な測量により、ピアリーが「北極点」と記録した地点は実際には北緯89度57分、北極点から約6km離れた場所であったことが判明しています。当時の測量技術の限界もありますが、「到達」の定義そのものを問い直す結果となりました。現在の探検では衛星測位システム(GPS)を使って北緯90度ちょうどを踏むことが可能ですが、ピアリーの時代にそのような手段はなく、六分儀と天体観測だけが頼りでした。
4月6日は「北極の日」として知られています。関連する記念日として、日本の南極観測基地にちなんだ1月29日の「昭和基地開設記念日」、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンが南極点に到達した12月14日の「南極の日」があります。人類が地球の両極に足跡を残した歴史は、いずれも20世紀初頭の数年間に集中しており、その競争の激しさと不確かさは現代でも語り継がれています。