小笠原返還記念日 (記念日 4月5日)
1945年(昭和20年)に終戦を迎えた日本は、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年(昭和27年)以降も、小笠原諸島の施政権をアメリカ合衆国に委ねたままでした。占領下の23年間、先祖代々この島々に暮らしてきた日本人島民の大半は帰島を許されず、欧米系の住民約130人のみが島に留まることを認められました。本土から隔絶されたまま時が流れるなかで、返還交渉は1960年代に本格化していきます。
1967年(昭和42年)11月、佐藤栄作首相とアメリカのリンドン・ジョンソン大統領との首脳会談において、返還に向けた合意が形成されました。翌1968年(昭和43年)4月5日、「南方諸島及びその他の諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」が調印され、同年6月26日に協定が発効しました。沖縄がなお米統治下に置かれていた時代に、小笠原の返還はいち早く実現しました。
小笠原諸島は、東京都特別区の南南東約1,000kmの太平洋上に位置し、父島・母島・硫黄島・南鳥島など30余の島々からなります。
この島々の歴史を辿ると、1593年(天正20年)に小笠原貞頼(生年不詳〜1625年)が発見したという説が伝わります。その後、欧米諸国の捕鯨船が頻繁に寄港するようになったため、日本・イギリス・アメリカの間で領有権をめぐる論議が続きました。1875年(明治8年)、日本政府は外交交渉の末に日本の領有権を確立し、移民を送り込んで入植を進めました。こうした経緯から、この島には日本人のみならず欧米系の人々の子孫も定住しており、戦後の返還交渉においても住民の多様な出自が複雑な問題を生じさせました。
1972年(昭和47年)には一部地域を除き小笠原国立公園に指定され、2011年(平成23年)にはユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されました。東京都初の世界遺産であり、都内唯一の自然遺産でもあります。