シーサーの日 (記念日 4月3日)

シーサーの日

独特の表情を持つ獣の像と目が合います。大きく見開いた目、力強い牙、渦を巻くたてがみ——これがシーサーです。魔除けの守り神として沖縄の人々の暮らしに深く根ざしたこの像は、実は古代エジプトにまで源をたどることができます。

シーサーの祖先とされる獅子像は、エジプトやインドでライオン崇拝として生まれ、シルクロードを通じて中国へ「獅子」として伝わりました。琉球王国が中国と盛んに交易を行っていた13〜15世紀ごろ、沖縄にも伝来したとされています。名前の「シーサー」は、沖縄方言で「獅子(しし)」を発音したものです。

現存する最古・最大のシーサーは、八重瀬町富盛地区の「富盛の石彫大獅子」です。高さ約1.4メートル、全長約1.75メートルのこの石像は1689年(琉球王朝時代)に造られたもので、沖縄県指定有形文化財にも登録されています。たびたび火災に悩まされた富盛の人々が風水師に相談し、八重瀬岳に向けてこのシーサーを設置したところ、火事がやんだと琉球王国の歴史書『球陽』に記されています。これが「村獅子」の始まりとされ、各集落への入口に魔除けとして置かれるようになりました。

一般家庭の屋根にシーサーが乗るようになったのは明治以降のことです。それまで庶民に瓦葺きの屋根は認められていませんでしたが、明治時代に規制が撤廃されると、屋根瓦職人たちが余った漆喰や瓦を使って手作りのシーサーを屋根に飾るようになりました。こうして「村の守護」から「家の守護」へと役割を広げ、沖縄の風景に欠かせない存在となっていきます。

対で置く場合は、口を開けた像と口を閉じた像がセットになっていることが多く、狛犬と同じ「阿吽(あうん)」の形が基本とされています。口を開けた雄が悪霊「マジムン」を噛みついて追い払い、口を閉じた雌が今ある幸せを逃がさないと言われています。ただし、琉球伝来のシーサーは単体で口を開けたものが多く、必ずしも雌雄の区別が明確ではない場合もあります。性別を超えた霊獣として、その家・村を守る存在と捉えるのが本来の姿に近いかもしれません。

4月3日の「シーサーの日」は、「シー(4)サー(3)」の語呂合わせから、シーサー発祥の地として知られる那覇市壺屋が2002年(平成14年)に制定しました。壺屋はやちむん(沖縄の焼き物)の産地として名高く、「やちむんシーサー発祥の地」とも呼ばれています。毎年この日には壺屋焼物博物館の無料開館や陶工による制作実演、ガイド付きツアーなど多彩なイベントが開かれ、シーサー文化の発信拠点となっています。