売春防止法施行記念日 (記念日 4月1日)
1957年(昭和32年)4月1日、売春防止法が施行されました。この日をもって、戦後日本に存在した「赤線」と呼ばれる公認売春地帯の法的根拠が失われました。ただし罰則規定の施行は翌1958年4月1日とされたため、赤線の店舗が実際に一斉廃業したのは1958年3月のことです。
赤線とは、GHQが1946年に公娼廃止を指令した後も事実上黙認されていた売春営業地域のことです。地図上で区域を赤く塗って管理されていたことからその名がつきました。東京の吉原・洲崎・亀戸・鳩の街、大阪の飛田・松島など、全国の主要都市に点在しており、法律施行時点で全国の公認施設は約3万9千軒、そこで働く女性は約12万人にのぼっていました。店舗の多くは「特殊飲食店」や「カフェー」という名目で営業しており、表向きは飲食業を装う形をとっていました。一方、こうした公認区域の外で非公認のまま営業していた地域は「青線」と呼ばれて区別されていました。
法律の制定に至る経緯は、戦後の廃娼運動と深く結びついています。1956年の通常国会で法案が可決・公布されましたが、赤線業者は猶予期間の延長や国家補償を求めて激しく抵抗しました。翌年には業者団体の関係者が国会議員への贈賄容疑で逮捕される汚職事件も発生しています。
売春防止法の第1条は、売春が「人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすもの」であると明記しています。1958年1月には東京・鳩の街の97軒が先行して廃業し、3月末には全国の赤線が閉鎖されました。ただしその後も非合法の売春が形を変えて継続したことは、現在に至るまでの性産業の歴史が示す通りです。
施行から約70年が経過した現在も、この法律は売春を「させる」側を罰する構造を取っており、売春をした当事者は処罰対象外となっています。法律の解釈や運用をめぐる議論は現在も続いており、性産業の規制のあり方は現代の社会問題のひとつであり続けています。
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