人力車発祥の日(日本橋人力車の日) (記念日 3月24日)

人力車発祥の日(日本橋人力車の日)

明治3年(1870年)3月24日、東京・日本橋のたもとから、一台の新しい乗り物が走り出しました。人の力で人を運ぶ「人力車」です。この日、鈴木徳次郎・高山幸助・和泉要助の3人が東京府から製造と営業の許可を受け、日本橋を起点に営業を開始したことが、日本における人力車の始まりとされています。

3人はそれぞれ異なる背景を持っていました。和泉要助は割烹業を営みながら、当時の西洋馬車を見て「狭い道でも走れる小回りの利く乗り物を」と着想しました。そこに八百屋の鈴木徳次郎と、車大工の高山幸助が加わり、馬のかわりに人が引く試作車を完成させます。商人・職人・発案者という三者がそれぞれの知恵と技術を持ち寄った組み合わせでした。

人力車はその後、急速に普及します。明治中期には東京だけで数万台が走り、車夫(しゃふ)と呼ばれる引き手の職業も社会に定着しました。それまで徒歩か籠(かご)に限られていた庶民の近距離移動手段として、人力車は明治・大正・昭和初期にかけて都市生活を支え続けます。馬車と違い狭い路地にも入れるうえ、費用も比較的安価だったことが広まった理由のひとつです。この記念日は、日本橋で人力車の営業を行う「くるま屋日本橋」(現:日本橋 松武屋)が制定し、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されました。同社は2004年(平成16年)に発祥の地・日本橋へ人力車を復活させ、日本橋まつりや百貨店のイベントなどに参加するとともに、「人力車発祥の地、日本橋」の記念碑を建てる運動を続けており、観光と地域の両面から日本橋の歴史を発信しています。

現代では観光地やイベント会場で人力車を見かける機会が増えています。浅草・鎌倉・京都・宮島など全国の名所に車夫が立ち、乗客に地元の解説をしながら引く形式が定着しました。排気ガスを出さず静かに走る点が環境負荷の低い移動手段として評価されており、150年以上前に日本橋から生まれた乗り物が、形を変えながら現代の街に溶け込んでいます。