元麿忌 (記念日 3月14日)
出雲大社大宮司を父に持ちながら、詩人の道を歩み続けた千家元麿(せんげ もとまろ)。1948年(昭和23年)2月28日は、人間愛と自然への讃歌を素朴な言葉でうたい続けた白樺派の詩人・千家元麿の忌日です。
1888年(明治21年)6月8日、現在の東京都千代田区麹町に生まれました。父は出雲大社大宮司・千家尊福(たかとみ)という、神道の名門に連なる家柄です。慶應義塾幼稚舎から慶應義塾普通部へ進み、その後東京府立第四中学校(現・東京都立戸山高等学校)で学びました。短歌を歌人・窪田空穂(くぼた うつぼ)に、俳句を佐藤紅緑(さとう こうろく)に師事するなど、若くして複数の文学ジャンルを横断しながら感性を磨きます。やがて武者小路実篤に強く傾倒し、1913年(大正2年)には同人誌『テラコッタ』を刊行して詩作の世界へと本格的に踏み出しました。
1918年(大正7年)に刊行された第一詩集『自分は見た』は、平易な口語で人間と自然の美しさを正面から見つめた作品集として、多くの読者の心をつかみました。同年には同人誌『麦』も創刊し、詩人としての活動をさらに広げていきます。その詩風は難解な技巧を排し、生きることへの喜びや人への愛情を率直に言葉へ乗せるもので、「人道主義的な詩人」として高く評価されました。著書には『虹』『青い枝』『夏草』などがあり、大正から昭和にかけて着実に作品を積み重ねました。
戦後間もない1948年、食糧難の時代に買い出しへ出かけた際に風邪をひき、気管支肺炎を発症して59歳で亡くなりました。
千家元麿は白樺派の精神を詩の形で体現した、数少ない詩人のひとりです。武者小路実篤らが唱えた人道主義・個人尊重の理念を、説教臭さを排いた平明な詩語へと落とし込んだ点に、彼の文学的な独自性があります。