国際結婚の日 (記念日 3月14日)
1872年、ロンドンで一組の夫婦が誕生しました。長州藩のイギリス留学生・南貞助と、イギリス人女性ライザ・ピットマンです。この結婚は翌1873年(明治6年)6月3日、明治政府の太政官によって正式に許可され、日本の法律上における国際結婚第一号として記録されています。この太政官布告が出された6月3日が、「国際結婚の日」の由来となっています。
ただし、「日本人として最初に外国人と婚姻した」という観点では、実は南貞助より先に行動した人物がいます。官僚の尾崎三良は、1869年にイギリス女性と英国で法的に婚姻しています。南より3年も早いことになります。ところが、日本への届け出は1880年まで行われず、南の婚姻許可(1873年)よりずっと後になりました。このため、「日本政府が公認した最初の国際結婚」は南貞助とライザ・ピットマンの夫婦とされています。どちらが「日本初」かは、何をもって「初」とするかによって変わるという、なかなか興味深い問いです。
明治初期の日本において、外国人との結婚は単なる私事ではありませんでした。結婚すると当事者の国籍がどう扱われるかという問題が生じるため、太政官布告はその国籍の移動についても規定しました。欧米列強と不平等条約を結んでいた時代に、国家が外国人との婚姻を制度として認めたことは、近代国家としての法整備という意味でも大きな一歩でした。
南貞助とライザ・ピットマン、尾崎三良と彼の妻、いずれの夫婦もその後に離婚しています。「日本初」をめぐる二組の国際結婚は、明治という激動の時代を生きた人々の複雑な人生を映し出しています。文明開化の波に乗り、国境を越えた結婚に踏み出した彼らの存在が、現代につながる国際結婚の歴史の出発点となりました。