消防記念日 (記念日 3月7日)
明治の警察制度が始まって以来、日本の消防は75年にわたって警察機構の一部として運営されてきました。住民の安全を守る組織でありながら、消防署員は警察の指揮系統に組み込まれ、市町村が自ら消防を管理する権限は持っていませんでした。その体制が根本から変わったのが、1948年(昭和23年)3月7日のことです。
この日、前年12月23日に公布された「消防組織法」が施行されました。同法は、消防の任務範囲・責任の所在・消防機関の構成を定めたもので、最大の変革は「消防責任は市町村が負う」という原則の確立でした。各市町村は条例に従って消防本部・消防署・消防団の全部または一部を設置することが義務付けられ、市町村長が消防を管理する「自治体消防制度」が誕生しました。明治5年(1872年)の警察創設から続いた警察消防一体の体制は、75年の歴史に幕を下ろしました。
なぜ戦後にこの分離が実現したのでしょうか。第二次世界大戦の終結後、日本はGHQの占領下に置かれ、地方自治の強化が政策的に推進されました。中央集権的な警察組織が消防を兼ねる旧来の体制は「地方自治に徹した」新たな制度設計と相容れず、消防を独立した地域自治の機能として再編することが求められたのです。消防組織法はその答えとして立案されました。施行から2年後の1950年(昭和25年)2月9日、国家消防庁(現・総務省消防庁)は3月7日を「消防記念日」と定めました。制定の目的は「自らの地域を自らの手で火災その他の災害から守る」という意識を、消防関係職員と住民に広く根付かせることであり、毎年この日の前後には消防庁や各消防本部で消防演習・消防訓練が実施されています。
現在、日本全国には約1,700の消防本部が存在し、消防職員数は約17万人に上ります。消防組織法が施行された1948年当時と比べると、組織の規模は大きく拡大しましたが、「市町村が消防責任を担う」という自治体消防の根本原則は今日まで変わっていません。地域の安全を地域で守るという理念は、75年以上の時を経てなお、日本の消防制度の土台となっています。