竹島の日 (記念日 2月22日)
1905年(明治38年)2月22日、島根県知事は閣議決定を受け、竹島を隠岐島司の所管とする旨を告示しました。この日付にちなみ、2005年(平成17年)3月16日の島根県議会で2月22日を「竹島の日」と定める条例が制定されました。
竹島は、島根県隠岐諸島の北西約157キロメートルに位置する島嶼で、東島・西島の2つの岩礁と多数の小岩礁から構成されています。1905年1月28日、日本政府は島名を「竹島」と定め、島根県に編入することを閣議決定しました。同年2月22日、島根県知事がこれを県の告示として公示したことが、2月22日が記念日の日付となった由来です。
1900年代初頭、竹島ではアシカ漁が盛んに行われるようになりました。隠岐の漁民・中井養三郎は漁業の安定を図るため、1904年(明治37年)に政府へ島の領土編入および貸し下げを願い出ました。政府はこれを受けて調査・検討を重ね、翌1905年の閣議決定に至りました。この編入は当時の新聞にも報じられ、広く一般に周知されたとされています。
「竹島の日を定める条例」の第1条は、「県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の喚起を図るため、竹島の日を定める」と規定しています。条例の制定は、島根県が竹島を編入してから100周年の節目にあたることを契機としたものでした。
毎年2月22日前後には、島根県松江市において「竹島の日」記念式典が開催されています。式典には国会議員や研究者のほか、政府の代表として内閣府の大臣政務官などが来賓として出席しており、竹島問題に関する講演や決議の採択が行われています。竹島は現在も日本と韓国の双方が領有を主張しており、外交上の懸案事項となっています。日本政府は一貫して竹島を日本固有の領土であるという立場を維持し、外務省をはじめとする関係機関が情報発信や国際社会への働きかけを続けています。