歌舞伎の日 (記念日 2月20日)
1607年(慶長12年)2月28日、出雲阿国が江戸城で徳川家康や諸国の大名の前で「かぶき踊り」を披露しました。この出来事を記念して、2月28日は「歌舞伎の日」とされています。
出雲阿国は安土桃山時代に活躍した女性芸能者です。もともと少女たちが輪になって踊る「ややこ踊り」を基盤に、そこへ当時流行していた「かぶき者」の奇抜な身なりや型破りな動きを取り込んだ踊りを編み出しました。これが「かぶき踊り」の始まりとされています。彼女が出雲出身かどうかは史料上はっきりしていませんが、出雲大社の巫女となり、文禄年間には出雲大社勧進のために諸国を巡回してその名を広めたと伝わっています。
「かぶき」という言葉は、「傾く(かたむく)」の古語「傾く(かぶく)」の連用形を名詞化したものです。派手な衣装をまとい、常識外れの言動に走る人たちを「かぶき者」と呼んでいました。戦国の世が終わり、太平の時代へ移り変わる境目に生きた人々のなかには、そうした逸脱した振る舞いに強い憧れを抱く者が少なくありませんでした。阿国の踊りはそうした時代の空気をそのまま舞台に乗せたものであり、京の四条河原での興行は瞬く間に人気を集めたといわれています。
阿国が創始した「かぶき踊り」はその後、遊女や若衆による踊りへと派生しながら広がっていきました。しかし風紀の乱れを理由とした幕府の規制により、女性や少年が舞台に立つことが相次いで禁じられます。こうした制約のなかで生き残った芸能は、成人男性だけで演じる形へと落ち着いていきました。これが「野郎歌舞伎」と呼ばれるスタイルで、女性の役も男性が演じる「女形(おやま)」という独自の表現を生み出しました。この転換が、後世に受け継がれる歌舞伎の骨格を決定づけたといえます。
江戸時代を通じて歌舞伎は都市文化の中心に座り続け、台本・演技・音楽・衣装・舞台装置のすべてが高度に発達していきました。初代市川團十郎が確立した「荒事(あらごと)」や、上方で育った「和事(わごと)」など、地域ごとの演技様式も生まれました。2016年にはユネスコの無形文化遺産に登録され、400年以上の歴史を持つ舞台芸術として世界的にも評価されています。阿国がひとつの踊りを披露したあの日から、日本の演劇はこれほどまでに豊かな形へと育ったのです。