県政発足記念日(愛媛県) (記念日 2月20日)

県政発足記念日(愛媛県)

1873年(明治6年)2月20日、石鉄県と神山県が合併し、「愛媛県」が誕生しました。その名の由来は1300年以上前にさかのぼります。日本最古の史書である『古事記』には、伊予国を「愛比売(えひめ)」という女神が宿る地と記しており、古代の神話的呼び名が近代の行政区画の名称としてそのまま受け継がれた例は全国でも珍しく、愛媛という地名には特別な歴史的重みがあります。合併前の石鉄県と神山県は、いずれも明治初期の廃藩置県によって誕生した県です。1871年(明治4年)の廃藩置県では、現在の愛媛県域に松山県や宇和島県など複数の県が乱立しました。その後1872年(明治5年)に松山県は石鉄県(伊予国の最高峰・石鎚山に由来)へ、宇和島県は神山県へとそれぞれ改称され、翌年の両県合併により、ようやく現在の愛媛県の輪郭が定まりました。

県政発足記念日の制定は1973年(昭和48年)のことです。県置から100年の節目を迎えたこの年、記念式典が催され、「愛媛県章」と「愛媛の歌」が新たに制定されました。県章は太陽とみかんをモチーフに、愛媛の限りない発展を赤色で表現したデザインとなっています。以来、毎年2月20日には、県行政の振興に顕著な功績を残した人物に対して知事表彰が贈られており、地域への貢献をたたえる日として定着しています。

愛媛県は四国の北西部に位置し、面積は約5,676平方キロメートルです。松山市を県庁所在地とし、四国四県のなかで最も人口が多い県です。道後温泉は3000年の歴史を誇る日本屈指の温泉地であり、松山城は四国最大の平山城として知られています。農業では温州みかんの生産量が全国屈指で、柑橘類の一大産地として「みかん王国」の異名をとります。150年を超えた今も、古代の女神の名を冠した県は、独自の文化と産業を四国から発信し続けています。