ダーウィンの日 (記念日 2月12日)

ダーウィンの日

1809年2月12日、イギリス・シュルーズベリーに生まれたチャールズ・ダーウィンは、死後140年以上を経た現在もなお、科学史上もっとも影響力のある人物の一人として語り継がれています。その誕生日にちなんで設けられたのが「ダーウィンの日(Darwin Day)」です。進化論という概念そのものと、ダーウィンという名が世界中で同義語のように扱われるほど、彼の業績は人類の自然観を根底から塗り替えました。

ダーウィンが1859年に発表した『種の起源』(On the Origin of Species)は、生物の多様性を「自然選択」というメカニズムで説明した画期的な著書です。ただし、興味深いことに、「自然選択が進化の主要な原動力である」と科学界に広く受け入れられたのは、出版から70年以上が経過した1930年代のことでした。ダーウィン自身が存命中に評価されたのは主として「進化の事実」そのものであり、その作用機序の理解には長い歳月が必要だったのです。

また、今日ではダーウィンは「生物学者」として広く認識されていますが、本人は生涯にわたって自らを「地質学者」と名乗っていました。ビーグル号での5年間にわたる航海中も、化石や地層の調査に多大な労力を注いでおり、現代の学術界でもダーウィンを地質学者とする認識が定着しています。進化論の影響があまりにも大きかったがゆえに、彼の多面的な業績が生物学という一分野に収れんされてしまった側面があります。さらにダーウィンの社会的な評価は科学の枠を超えており、19世紀のイギリスにおいて王族以外で国葬が執り行われたのはわずか五人、ダーウィンはその一人に数えられています。ウェストミンスター寺院には、天文学者・数学者のジョン・ハーシェルと、物理学者・数学者のアイザック・ニュートンの隣に埋葬されており、科学の殿堂ともいえる場所でその名を刻んでいます。

2009年(平成21年)は、ダーウィン生誕200周年かつ『種の起源』出版150周年という節目の年でした。この年には「ダーウィン展」をはじめとする催しが世界各地で開催され、改めてその功績が見直されました。なお、『種の起源』初版が刊行された11月24日は「進化の日(Evolution Day)」として別途記念されており、ダーウィンにまつわる記念日は年に二度設けられていることになります。自然選択説は今なお進化生物学の根幹をなす理論であり、ダーウィンの問いかけは現代科学においても生き続けています。