防災農地の日 (記念日 1月31日)
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生した。激しい揺れと火災で甚大な被害をもたらしたこの震災で、意外な事実が注目された。市街地に残っていた農地やため池が、延焼を食い止める遮断帯として機能し、住民の避難場所や避難路として人命を守る役割を果たしたのです。コンクリートに囲まれた都市部でも、農地は生きていた。食料を生産するだけの場所ではなく、災害時に都市を守る「防災空間」でもある。この認識が、防災農地という取り組みの出発点となりました。
「防災農地の日」は1月31日です。語呂合わせで「ぼう(棒=1)さ(3)い(1)」と読めること、そして大阪府防災農地推進連絡会が発足した日であることから、同連絡会が2003年(平成15年)に制定しました。
防災農地の取り組みでは、農家があらかじめ自分の農地を「防災協力農地」として市町村に登録します。災害時には、その農地が緊急避難地、仮設住宅の建設用地、復旧作業の資材置き場などとして活用される仕組みです。農業用水路や井戸は消火用水・生活用水として転用できるほか、水田や畑は延焼遮断帯、ヘリコプターの発着場所としても機能します。
平常時にも農地は地域の防災訓練の場として活用され、農業体験を通じた住民同士の顔見知りの関係が、いざというときの助け合いにつながるとされています。農地が持つ防災機能を保全・活用するには、農家だけでなく行政・地域住民が連携することが欠かせません。この記念日は、そうした多様な主体の協力関係を維持していくための節目として位置づけられています。
大都市圏では農地の宅地転用が進み、防災空間としての農地は年々失われてきました。阪神・淡路大震災の教訓をもとに生まれたこの取り組みは、農地の「食料生産」以外の価値、すなわち都市の安全を支える緑の緩衝地帯としての役割を、改めて問い直すものでもあります。