寒梅忌 (記念日 1月26日)
藤沢周平の時代小説は、華やかな英雄譚とは一線を画す。描かれるのは、藩の権力争いに翻弄される下級武士や、貧しくも懸命に生きる市井の人々だ。『たそがれ清兵衛』に登場する主人公は、昼は仕事に追われ夜は病身の妻を看取る、どこにでもいる平凡な武士である。それでも、理不尽な命令に抗い、自分の誇りを守ろうとする姿が読む者の胸を打つ。藤沢作品が時代を超えて読み継がれる理由は、人間の普遍的な苦しみと尊厳を静かに照らし出す、その眼差しにある。
1927年(昭和2年)、現在の山形県鶴岡市に生まれた藤沢周平(本名・小菅留治)は、山形師範学校在学中から同人誌への寄稿を始めた。卒業後は中学校教師、業界紙記者として働きながら執筆を続け、1971年に『溟い海』でオール讀物新人賞を受賞。そして1973年、『暗殺の年輪』で直木賞を受賞し、作家としての地位を確立した。遅咲きではあったが、その文学への情熱は生涯衰えることがなかった。
代表作は枚挙にいとまがない。剣客を主人公にした連作『用心棒日月抄』、映画化もされた『蝉しぐれ』、海辺の町を舞台にした『海鳴り』。いずれも、人が生きることの哀しみと温もりを、端正な文章で丁寧に描き出している。1986年には『白き瓶』で吉川英治文学賞、1989年には『市塵』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。晩年には故郷・庄内藩の米沢への移封問題を題材にした『漆の実のみのる国』を病床で書き上げ、これが遺作となった。1997年(平成9年)1月26日、肝不全のため69歳で逝去。「寒梅忌」という忌日の名は、厳寒の中で凛と咲く梅の花に由来する。その名にふさわしく、藤沢の作品も、世の不条理や悲しみの中にあって、人の誠実さや善意がひっそりと花開く瞬間を描き続けた。鶴岡藤沢周平文学愛好会は毎年「しのぶ会」を開催してきたが、2019年の第20回をもって締めくくりとした。作家の死から20余年を経てもなお、故郷の人々に深く愛されていることが、その歩みからうかがえる。
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